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定価 : ¥ 500
販売元 : 小学館
発売日 : 2001-08 |
「セックスが、そんなに楽しいか」
父親の怒鳴り声が、一家が囲む食卓を凍りつかせた。学校へほとんど行かず、万引き、カツアゲ、家出にシンナーを繰り返す中学時代。そんな彼女も、もとは内向的な女の子だった。「姿勢が悪い」という理由で長刀を習わせるほど厳格な父。「あなたのため」が口癖で、体裁ばかり気にする母。そんな両親に褒められたい一心で嫌いな勉強に励んだ中学1年のときは、成績が学年で10番以内だった。しかし、苦手な数学で90点を取って、喜び勇んで答案用紙を母親に見せても、返ってくる言葉は「4問も間違えているじゃない。どうしてできなかったの」。しだいに両親への不信感が膨れ上がり、「良い子」から「虞犯少年」へと転げ落ちていく…。
『プラトニック・セックス』は、飯島愛が飾らない言葉で過去の自分を冷静につづる自伝。家出した彼女は、水商売で得たお金を湯水のように使う。「ただただ憧れていた装飾品もブランドも、見栄を張るための道具、空っぽな自分を着飾るための必需品だった。そのときはそういう哀れな自分に気づいていなかったのか、気づきたくなかったのか」
「彼の望むことにできる限り応えてあげたかった。彼が体を売るのをやめるかわりに、私は、あれほど嫌がっていたオヤジと寝てお金を稼ぐ女になっていった」
こんな人生を変えるきっかけとなったのが、アダルトビデオへの出演だった。留学したいと思い焦がれたニューヨーク。その資金作りのために舞い込んできたビデオ出演をOKする。そのうちに深夜番組を経ていつの間にかタレントの道を歩む自分がいた。
いままで語ることのなかった壮絶な過去をストレートに表現しているため、内容は少々過激だ。しかし、思春期時代の紆余曲折を経て家族との絆を取り戻した飯島愛の自伝には、誰しもが共感できる心の葛藤が描かれている。(望月真弓)
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勇気と、挑戦と |
テレビのバラエティ番組では、いつも長い茶髪をなびかせ軽い笑いを振り撒いている飯島愛さんの告白本ということで、まず興味をひかれました。彼女が、AV女優であったことは、まことしやかなうわさとして広まっていることもしっていましたし、その他おもしろ半分の風評も聞いていました。
そんな彼女の半生は、実際壮絶(ありふれた言葉ですが)で、彼女に比べればはるかに優等生的な人生を生きていた私の想像をこえたものでした。
しかし、一番私を驚かせたのは、彼女の歩んできた人生そのものの過激さではなく、それをつつみかくさずカミングアウトした彼女の勇気でした。今の彼女の芸能界のポジションを失うかもしれないリスクを背負っての告白。
そこに彼女を駆り立てたものが何なのかはわかりま!せんが、その勇気と挑戦は読む者の心を揺さぶるに違いありません。今、街中を無目的にさまよう少年少女たちが、すべて「飯島愛」にはなれないでしょうが、人生をあきらめず、時に転んで、怪我をすることもあるでしょうが、その傷さえポジティブに取り入れる強さを教えてもらった気がします。
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18禁 |
その経歴の破天荒さから興味を持っていた著者でもあり、また、自分の中の他人の私生活に関する卑しい興味から、読んでみた。なるほど、たしかにおもしろい。それは他人の秘密を知る下世話な欲求を満たすだけでなく、著者の世間のレールから外れたアウトサイダー的な生き方がやはりある種、魅力的に感じられるのも否めなかった。また、性描写はさすが元本職(?)ということもあり、官能的私小説として面白く読めた。 ただ、大変懸念に思うことが一つあり、これが成人指定もされず、パッケージも万人に買いやすい様なもので、事実、書店で女子高生が普通に買っていく様子を何度も目撃した。これは非常に危険なことだと思う。
著者のように、ある一線を超えてしまった人が、今のような有名人になるのは稀だ。ほとんどは、影の世界からでられないままだ。例えば、AV女優の多くは、その後、風俗などを転々とし、まともな職につけることなどない。その闇の部分が、ほとんど伝わらないまま、なにか、著者の生き方が憧れのように思われてしまってはいないだろうか?
やはり、一回人生を踏み外すと、そうやすやすと戻れない。著者は奇跡的なタレントとしての才能を持っていたために、今のような地位を獲得した。そして、今の!者の本音を包み隠さない姿勢は、多くの若者の支持を得ている。その彼女の影響はテレビというメディアにのることもあり、大きなものだ。 すべての創作は無制限に行われるべきと、僕は思う。
それを出版するかどうかは、出版者の判断であり、商売的なこと、作品作者の資質などを含めて、販売、制限、中止をきめれば良いのだ。そして、その判断が間違っている場合、ときに世の中をおかしくする場合がある。 願わくば、これを読み、10代の倫理観、道徳観がさらにだらしないものにならないように思う。
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文学の胎児 |
解説で大岡玲氏がこの作品は「文学になりかけた胎児」という評価をしていたが、私はその評価に100%同意する。親と子供の気持ちのすれ違い、少女と社会との駆け引き、大人になることとセックスをすることとの違い、暴力とは何かということ、これらの古典的な文学的テーマがこの本に入っている。文学的な表現は未熟であり、その結果描写は不充分ではあるのだが。驚くのは、19歳までにこれらのことをすべて体験していたということだ。その体験は愚かではあるが、宝石のように貴重でもある。うまく料理すれば、素敵なテレビドラマや映画になるだろうと思う。映画を見てみようかな、という気に今なっている。
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団塊ジュニアで負け犬世代の心の叫び |
初めてこの本を最初から最後まで読んだのは職業訓練校に通っている時だった。
彼女をはじめ昭和47年4月2日以降48年4月1日生まれの人間は子供のころから社会人になるまで競争だった。
特に何かにつけて体罰の父親との確執がショックを受けた。アニメの映画さえ見に行くことを禁じた話はいろんな人と話したが、「そこまでやる厳しい親はいない」という話は出なかった。私は高校が女子高だったんだけど、飯島さん同様の家庭に育ったクラスメートが何人かいたし、中学までさかのぼるともっとひどいケースもあったし、勘違いした親もいた。
私が思うのは「彼女には助けてくれる親切なおじさんやおばさんがいたのかな?」ということです。
彼女が転がるような非行少女になった背景に先にも述べた親との確執があったが、甘えでヤンキーになる子はいないというのを彼女は言いたかったのでは?(私の周りは甘えでヤンキーになる子が多かった)
彼女の母親はいわゆる「団塊の世代」だが、彼女を親のエゴで抑圧するしかできなかった姿を見て母親も犠牲者だと思った。
今2007年問題が大きな社会問題になっていますが、この本は両方の世代に読んでほしい。(引いてしまうところも多いけど)
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同世代として |
同じ時代に生きて、彼女は体を張って生きてきたと思う。私にはできなかったことだ。親に反発しながらも親の元で甘えて生活してきた私には彼女のような生活は考えられなかった。でも、共感するところがいくつもある。思っていても行動にできなかった私と、移した彼女との違いだけだと思った。大都会と東北の田舎とでは違うけれど、昨年離婚した私にある尊敬する人が言ってくれた言葉を彼女にも送りたい。
<人は学歴でもお金でもない。その人の生き様だ>飯島さんも過去にはこだわっていないから執筆されたと思うが、私も彼女のように頑張りたいと、二人の子を持つ母として思った。